どうでもいいLINEに付き合って5年。「もうやめて」と言いにいく
「どうでもいいわ~」と思いながら、LINEに付き合った経験はないだろうか。
どうでもいい日記的なLINEは通称「俺通信」と呼ばれているらしい。
だが、私のもとには「俺」さえも存在しない、どうでもいいLINEが届く。
どれくらいどうでもいいかというと
どぉぉぉうでもいいいいいいいいいいーーーーーーーーー
チラ裏にでも書いとけ。
いや、チラ裏にも書かなくていい。
想像してほしい、これが定期的に約5年ほど送られてくることを……。
コトの始まり
彼との関係は、大学時代にさかのぼる。
いや、さかのぼったところで、私の記憶にはないのだが。
大学を卒業し、社会人3年目の2015年5月。
突然、LINEが届いた。
「誰????」
ラインのアイコンに顔写真は入っているが、見覚えがない。
登録されていない知らないアカウントだ。
しかし、内容から見当がついた。
とあるライングループのメンバー一覧を見ると、予想的中。
彼がいた。
彼は、私が所属していた大学の文化系サークルの2つ後輩にあたる、ようだ。
所属していたといっても私は幽霊部員で、籍が置いてあったという表現がふさわしい。
それにもかかわらず、卒業生用のライングループに私は混ぜてもらっていた。
彼は、そのライングループの一覧から私を見つけ、連絡を入れたというわけだ。
一方で、私は幽霊部員のためサークル員のほとんどは知らず、彼のことも知らなかった。
関係性は理解したが、「誰???」という思いは消えやしない。
とはいえ、ここは社会人らしく無難な返信した。
彼の名前を、仮に一石さんとしておこう。
なんとなく、いっこく堂(本名:玉城一石)に似ているので。
それからLINEは続く。
「さっき買い物したら夏目漱石の千円札が混じってました」
「(サークルの写真とともに)実家で懐かしいものを発見しました(笑)」
「(校舎の写真とともに)ひさびさに母校に来ました(笑)懐かしいですね」
こんな感じで週に一回程度、一行日記風のLINEが届く。いわゆる「俺通信」だ。
私は例の通り、翌日には無難な返信をした。
だが、「このやりとりはなんなんだろう。私個人ではなくライングループに送ればいいのに……」と思わずにはいられない。
そう思いつつも、大学時代のネタは懐かしく、興味を持てるものもあったので、一応返信はできた。
そして、LINE開始から3か月が経過した2015年8月。
まったく脈略がないLINEがきた。
「こんな大きさのわたあめがあったら自分もかぶりつきたいです(笑)」
頭に浮かんで一瞬で消えてしまいそうな感情。それをわざわざ画像を撮って、文字を打っている。しかもなんかウケてるし。
報告を受けた私は
4分後には返信していた。
どうやら、人は唐突に意味のわからないLINEがくると、気が動転して即レスしてしまうらしい。
その後も
こんな感じで週一で“小ネタLINE”が届いた。
もういい年なのに、子どもチャレンジの読み物みたいなネタを送られても、リアクションに困ってしまう。
即レスしたのは初回のみで、こんな情報をわざわざ送ってきてたまに笑えることもあったが、既読スルーしてしまうことも出てきた。
「それ、あなたに気があるからですよ」
私がこの件を話題にすると、周りからこう指摘されることがあった。
時間が経つにつれて、なんとなくそんな予感もじわじわしていた。
だが、一石さんを知る人に話をしてみたところ
「あ~、僕もそれ来てました。でも無視し続けたらこなくなりましたよ」と言われた。
どうやら男女問わず送っているらしい。
これは恥ずかしい。うぬぼれだったと反省した。
初対面
一石さんが大きな綿あめにかぶりつきたくなったときから3カ月が経過した2015年11月。
ついに対面することになった。
一石さんが「食事にでも行きませんか?」と誘ってきたのだ。
今でこそどうってことないが、当時、私は会ったこともない人と食事に行くのは初めてで、ネットの掲示板で知り合って落ち合うようなシチュエーションに少々緊張気味であった。
一石さんは、どういうつもりで誘ったのだろうか……。
待ち合わせ場所に指定された上野駅のニューデイズに行くと、アイコンの顔写真の人がいた。
「どうも、こんにちは~」
「こんにちは。お久しぶりですね」
久しぶり!?
会ったことあったのか……!??
一石さんは、おすすめだというハンバーグ屋へ連れて行ってくれた。
一石さんは、茶色のレザージャケットを羽織り、おしゃれに気を遣っていることはわかった。財布はヴィトンで、地味な文化系サークルには珍しいタイプだ。
ただ、話し方が少々おどおどしていて、“ぽいな~”と思ってしまう。体育会の部活にも所属していたらしく、意外であった。こういった一石さん情報を取得しても、やはり頭の中の検索結果はゼロのままだ。
「私、ほとんどサークルに顔出してなくて……」
「でも部室に来てましたよね。僕、覚えてますよ」
「まぁ休み時間とかにたまーに行って、先輩とかと話してましたが……一石さんと話したこととかありましたっけ?」
「そうですね~。あまり話してはないかもしれないですね」
え、ってことは同じ空間にいたことはある程度なのか。
そりゃ私が覚えていないのも無理ないわ……。
親しげに話してくれる姿に申し訳なさを感じながら、大学のことや近況を話した。
「最近どこか行きましたか?」
「こないだ鬼怒川温泉に行ったんですよ」
「いいですね~。誰と行ったんですか?」
「彼氏とですよ~」
シーン。
変な間ができた。
一石さんは、ハンバーグを切ろうとしてナイフとフォークをガチャガチャしはじめた。
やばい。明らかに取り乱している。別にわざとこの話をしたつもりはないのだが……。
会話を軌道修正し、食事を終えて解散した。
やはり私に好意があったのだろうか……?
帰り道で一人私は考えていた。
とはいえ、好意を弄ぶような真似もしたくなかったし、期待させても悪いので仕方がない。
ーーきっとラインは来なくなるだろう……。
――1週間後
予想は外れた。
しかもこの羊、こないだも送ってきてたやつじゃん。
バッティング練習
相変わらず、週に一回程度LINEが届いた。
そして私もどうでもいい小ネタLINEを受け取り続けた。
ちょうど興味のないメルマガが送られてくる感覚に近い。
2016年に入ると8割は雑学などの小ネタへシフト。
一問一答のようなやりとりで、会話のキャッチボールというよりは、バッティング練習だ。
しかも投げられるのはボール球。
本来なら打ち返さなくていいが、自分の限界を広げるにはいい運動になる。そう考えて、できる範囲で返信した。
切り捨てるのは簡単だが、せっかくなら自分なりに活用してみようと試みたのだ。
2017年には、飽きがきたのを誤魔化すように、ノリツッコミをしてみたこともあった。
2018年から、自分の中で禁じ手としてきたスタンプを多用するようになり、露骨につまらなそうな態度を示してしまった。
バッティング練習もそろそろバテてきた。
3年目に入ったあたりから返信をサボるようになってしまう。
だが、たとえ既読スルーが増えても、一石さんは変わらずに小ネタLINEを送り続けた。
限界が見えてきた
そして、2019年。
バッドを折りたくなる事態が発生した。
この日送られたのは、珍しくクイズ。
私はこのとき仕事の締め切りで忙しく、こんなどうでもいいクイズに付き合っている暇はなかった。しかし、仕事のやりとりでLINEを使っているので、完全に無視することはできない。
いつもの雑学ならまだしも、どうでもいい問いが舞い込んできて集中がそがれる。やめてくれ。当然既読スルーを決め込んだ。
――翌日。
一石さんからまたLINEがきた。うそでしょ。
いままでは返信をねだることはなかったのに。
私はまだ忙しかったが、しつこかったので「わかりませんん」とだけ送った。
だが、逆効果だったようだ。
時間に注目してほしい。
11:33
14:47
16:56
19:42
20:20
ああああああうざいいいいいいい!!!
数時間おきに送ってくるな!
静かにしろ!!!
こうなったら、黙らせるために回答しなければならない。
仕事がひと段落して解いてみると、案外すぐ答えがわかった。
心に余裕も生まれ「ものすごい達成感です」とか調子いいことを言ってしまったが……
一石さんにたしなめられた。悔しい。
結果的に楽しそうに見えるかもしれないが、あのときのイライラは本物だ。
どうにかせねば……。
別れを促す
クイズの一件でもう潮時だと悟った。
徐々にフェードアウトして終わる流れを作ろう。
ただ、どういう状況になったら一石さんがLINEをやめるのだろうか。
そこで、小学生のときに教わった覚せい剤を断るときの手法「壊れたラジオ作戦」を思い出した。
同じ言葉を繰り返すように、同じスタンプを送り続けるのだ。
きっと一石さんは私にこんなリアクションをしてほしかったのだろう……。
はまじ、藤木、永沢。あとは頼んだぞ。
そう思って選んだスタンプだ。
このスタンプを送り続けることにする。
何が送られても
同じスタンプを送り続けた。
AI以下の塩対応に、さすがに良心が傷んできた。
一石さん、ごめん……。
だけど、決めたことだから。
ーーそして
19個目で、ついに終わった。
さようなら、一石さん……。
最後の言葉が、「明日新元号発表されますね〜」なのがいかにも一石さんらしい。
自分から望んでいた展開とはいえ「あぁ終わってしまった」と惜しむ自分がいた。
ちょっと寂しい。
でも「彼氏は構ってくれないんですか?」とか絶妙にウザイし(しかも今はいねぇよ)、これでよかったんだ。
一石さん、たくさんの小ネタをありがとう……。
――1週間後
また届いた。
ゾンビかよ。
もうダメだ。
「どうでもいい」が身体を支配し、もうバッターボックスに立つことさえ危うい。
わずかに残った力で返信するが、ほとんど既読スルーになってしまう。
申し訳ないが、今度会う機会があったらLINEをやめてほしいと伝えよう。
そして、2019年12月。
「久しぶりに会いませんか?」と誘われた。
ギブアップ宣言
クリスマスムードが漂う12月。
一石さんと母校付近のレストランで食事をした。
わざわざ会ったのは理由があった。
もうどうでもいいLINEに付き合う元気はないが、決して彼を嫌いになったわけではない。
私は4年以上のLINEを通じて、一石さんに聞きたいことがいっぱいあったのだ。
その軌跡を振り返って、最後に配信停止したい旨を伝えよう。
まず聞きたかったのは、どうやってネタを収集しているかということだ。
一番のネタ元は、雑学系のバラエティ番組。
ネプリーグ、クイズミラクルナイン、東大王などをチェックしていて、小ネタ画像の画質がガビガビなのはテレビ画面をスマホで撮っているから。
テレビの情報をもとにネットで調べることもあるが、「雑学」と検索したり、特定のサイトを見ているわけではないらしい。
「ネタリストがあったりするんじゃないですか?」
「ネタリストっていうか、雑学ノートを一時期作ってました。だから、そういうネタを覚えちゃってるんですよね」
「おぉ~やはり。いま何か雑学言えますか?」
「いまですか。えっと……ラムネの炭酸のビー玉ってあるじゃないですか」
「はい」
「実は、意外と知らないと思うんですけど、炭酸が抜けるのを防ぐ役割があるんですよ」
「ぐふふふふ」
変な笑い声が出てしまった。
「私のリアクションで印象に残っていることありますか?」
「ちびまる子ちゃんのスタンプが連続できてたときは『ええー』って参っちゃいました」
「ごめんなさい。実はあのとき一石さんがどこまで耐えられるかってチキンレースしてたんですよ。でも送っている私もどんどん心が痛んじゃって……(笑)19個でギブでしたね」
「迷惑だからわざと送って、やめさせようとしているのかなって。まぁ日を改めてたまに送ってみたら変わるかなっと思ってたんですけど。逆に19個も続いたんですね~」
「同じスタンプ送り続けても、連絡くれるわけじゃないですか。すごいメンタルですよね~。なんでなんですか?」
「うーん、なんでなんですかね~。やっぱり見てほしいからなんじゃないですか(笑)
無視されて空振りしてるなら、じゃあ次はこのネタで行ってみるかって思います。多分、どこかで反応してくれるだろうという気持ちがあったからじゃないですかね~」
LINEをするときは忙しくて仕事が大変な時で、私以外に小ネタLINEを送る人は2、3人いるらしい。
内容的にSNSをやることを勧めたが、たくさんの人に見られたいという気持ちはなく、その人に合うネタを見てもらって参考にしてもらえればいいんだとか。
いままで気になって聞けなかったことが明らかになってスッキリした。
「どうでもいい」がつくられる背景は、どうでもいいとはならない。
とても興味深かった。
一石さんは、リラックスした様子でいろいろ語ってくれた。
「最近、過去にすがりついているところがありますね。あの頃はよかったなって。学生時代の写真を送ってしまったときは、なにやってるんだコイツって思われたかもしれないんですけど(笑)」
確かに、大学時代の一石さんの写真が送られてきたことがあった。
俺通信パターンだ。なにやってるんだコイツ、という感情は最早麻痺して沸きもしないが。
「昔の写真を見ていて、『なんでもっと積極的になれなかったんだろう』って思うんですよね」
聞くと、大学のとき自分に気がありそうな後輩女子がいたのに、もっといい人に出会えるだろうと釣れない態度をしてしまったらしい。そのことを今でも後悔しているみたいだ。
「でも後悔するほどの人に出会えたことは、すごく素敵なことだと思いますよ」
恋愛トークでちょっとしんみりしたところで、そろそろいい時間だ。
LINEをやめてほしいことを切り出さなくては。
だが、想定外の展開が待っていた。
「あの、LINEで、『×××(私)さんのこと人として好きなんです』って送っちゃったかもしれないです」
思わずきょとんとしてしまった。
まったく身に覚えがない。
「え??? 私そんなLINEもらってましたっけ?」
その場でLINEの履歴を検索してみると
「お付き合いしてくださいとまでは言いませんが、×××(私)さんのことが好きですよ」
と2019年8月に送られていた。
本当だ。
ボール球のなかに、直球が混ざっていたとは。
しかも、私は「ありがとうございます~!」と10分後には返信していた。
既読スルーはしていなかったようだが、打ち返したことに満足したのだろうか。すっかり記憶から消えていた。なんて非道なんだ。
「きっと仕事を頑張りたいときだと思うんで、気持ちだけ受け取ってもらって。これからも、仲間として、友人として、いてくださいと思って送ったんです。僕がいい女性と出会えるまでは、またご飯とか行けたら嬉しいです」
一石さんは、力なくちょっと笑った。
まずいまずい。
これはどう考えても、恋心的な何かを抱いてくれていたと感じざるを得ない。
前言撤回。
このタイミングで『LINEをやめてほしい』なんて言うのは、あまりにも残酷すぎる。
慌ててその言葉を胸の奥に隠し、精いっぱいの感謝を伝えた。
「一石さん、お気持ちありがとうございます。これからも友人としてよろしくお願いします」
LINEのことは……まぁいいか。
配信停止はひとまず延期にして、マイペースに付き合っていくことにしよう。
いまはとにかく、一石さんの思いを尊重したい。
そう思った。
あ、でも……
ちょっとだけリクエストしてみようかな……。
「あのー、もう少しネタの難易度を上げてくれませんか?」
そして後日、送られてきたLINEがこれだ。
ん???
ちょっと何言って(ry
まぁ確かに、難易度は上がったかもしれない。
あ、ありがとう……。
一石さんのLINEは今日も続く。